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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)6763号 判決 1998年6月30日

原告

原田シゲル

ほか一名

被告

有限会社矢竹運送

主文

一  被告は、原告原田シゲルに対し、金一〇七五万円及び内金一〇〇八万円に対する平成七年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告江良信子に対し、金三八三八万五三五一円及び内金三五六九万五三五一円に対する平成七年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告原田シゲルに対し、金一一八七万円及び内金一一二〇万円に対する平成七年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告江良信子に対し、金四九〇八万円及び内金四六三九万円に対する平成七年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、藤本勉が運転し、被告が保有する大型貨物自動車と鹿島節雄が運転し、エラ・リリア・ヒバリが同乗していた大型乗用自動車とが衝突し、同人が右大型乗用自動車から車外に放り出され、死亡した事故につき、エテ・リリア・ヒバリの夫であった原告原田シゲル(以下「原告原田」という。)が被告に対し、民法七〇九条、七一〇条、七一五条に基づき、エラ・リリア・ヒバリの母であった原告江良信子(以下「原告江良」という。)が自賠法三条に基づき、損害賠償金を請求した事案である。

一  争いのない事実等(証拠により比較的容易に認められる事実を含む。)

1  事故の発生

日時 平成七年八月一八日午前六時五五分頃

場所 滋賀県甲賀郡水口町今郷七四九番地の二先(以下「本件事故現場」という。)

事故車両一 大型貨物自動車(和泉一一く六七七一)(以下「被告車両」という。)

右運転者 藤本勉(以下「藤本」という。)

右所有者 被告

事故車両二 大型乗用自動車(滋賀二二い七三)(以下「原告車両」という。)

右運転者 鹿島節雄

右同乗者 エラ・リリア・ヒバリ(以下「リリア」という。)

態様 本件事故現場の交差点において、被告車両と原告車両とが衝突し、リリアが車外に放り出され、原告車両に轢過された。

2  被告の責任原因

(一) 被告は、被告車両の保有者であり、自己のために同車両を運行の用に供していた者である。

(二) 藤本は、被告の従業員であり、本件事故当時、被告の業務の執行中であった。

3  リリアの死亡及び相続

(一) リリアは、本件事故により、平成七年八月一八日、死亡した。

(二) リリアの死亡当時、原告江良はその母であった(なお、ブラジル法によれば、リリアの相続人は、原告江良である。)。

4  原告原田の地位

原告原田は、本件事故当時、リリアの夫であった(なお、ブラジル法によれば、原告原田は、リリアの相続人ではない。)。

二  争点

1  損害額

(原告江良の主張)

(一) 逸失利益 三三三九万円

リリアは、本件事故当時二九歳の女性で、ゴルフキャディとして稼働し、本件事故前三か月間に月額平均三〇万二一三八円を得ていたものであり、本件事故に遭わなければ、就労可能年数三一年間にわたって得られたはずであり、生活費控除率を五割として、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、右金額を上廻る。

リリアはブラジル国籍であるが、平成三年四月一八日、短期滞在資格で日本に入国し、同年五月三〇日在留資格を日本人の配偶者等に変更したものであること、リリアの来日目的は、キャディとして就労し、原告原田と婚姻生活をするためであること、在留資格は日本人の配偶者等であって日本人と同様な活動が認められること、在留期間の更新に関しては日系二世としてよほどのことがない限り本人の希望どおり更新させる蓋然性が高いこと、すでに三年の在留期間の更新を二回受けていること、就労の態様としても終身雇用制の会社に就職をしていたことを考慮するならば、リリアは、就労可能年齢まで日本において就労できたものというべきである。

(二) 慰謝料 一三〇〇万円

(三) 弁護士費用 二六九万円

(原告原田の主張)

(一) 慰謝料 一〇〇〇万円

(二) 葬儀費用 一二〇万円

(三) 弁護士費用 六七万円

(被告の主張)

争う。

リリアは、本件事故当時、結婚していたとはいえ、二九歳で、両親、兄弟姉妹もブラジルに居住していたものであり、来日目的もその実態は必ずしも明らかではなく、日本で金を稼ぎ、早晩、ブラジルに帰ることも十分に予想できたのである。また、事故当時就労していたのが特別の技能を必要としないゴルフ場のキャディであることに照らすと、長期間就労することは予定していなかったものというべきである。さらに、原告原田は、リリアのお骨は、今後、自分が帰国する際に一緒にブラジルへ連れて帰って母国で安らかに眠ってもらうと述べており、リリアともどもブラジルに帰国する予定があることを認めている。したがって、本件においては、リリア等の在留資格及び就労実態だけから、リリアを永住者としてその損害額を認定することは問題である。

2  過失相殺

(被告の主張)

リリアは、本件事故当時、シートベルトを装着せずに原告車両に乗車していたものであって、リリア以外の同乗者が車外に放り出されず、負傷したに止まったことに照らすと、リリアがシートベルトを着用していたならば、本件のような重篤な結果は避けられていた可能性が大きい。よって、二ないし三割の過失相殺が認められるべきである。

(原告らの主張)

リリアが、本件事故当時、シートベルトを装着していなかったことは認める。しかし、一般に原告車両のようなマイクロバスの乗客にはシートベルトの着用を義務づけられていないし、事実シートベルトの着用は行われていない。また、本件事故は、藤本が単なる信号無視にとどまらず、前車が信号待ちのため停車をしているにもかかわらず、右折車線として道路標示がなされている車線から追い越しをかけて、青信号に従って進入したリリア等の搭乗している原告車両と衝突したというものであり、このような藤本の重大な過失にかんがみると、本件につき、過失相殺を行うことは相当ではない。

第三争点に対する判断(一部争いのない事実を含む。)

一  争点2について(過失相殺)

証拠(乙九、一三、一五、二三)によれば、リリアは、原告車両の左側前から二番目の一人掛けの椅子に着席していたところ、本件事故により、前のめりの形で原告車両のフロントガラスから車外に放り出され、原告車両の右前輪付近で体を挟まれて死亡したこと、リリアはシートベルトを装着していなかったこと、原告車両に同乗していた他の者は車外に放り出されておらず死亡の結果は生じていないことが認められる。

右認定事実によれば、リリアがシートベルトを装着していたならば、死亡という結果は避けることができたと推認されるのであって、リリアとしても、自らの安全を守る見地からシートベルトを装着することが期待されたというべきであり、藤本が赤信号で本件事故現場の交差点に進入したこと(乙一五、一八)を考慮しても、一割の限度で過失相殺を行うのが相当である。

二  争点1について(損害額)

1  原告江良請求に係る損害額(過失相殺前)

(一) 逸失利益 二六六六万一五〇二円

証拠(甲一、五1、2、六1ないし8、乙二二、二八、三〇)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

リリア(昭和四〇年一二月五日生、本件事故当時二九歳、女性)は、ブラジル国籍であり、平成三年四月一八日、短期滞在資格で日本に初めて入国し、同年五月三〇日、在留資格を「日本人の配偶者等」に変更した(在留期限三年)。いったん出国した後、平成三年九月九日に原告原田と婚姻し、平成四年一月に再度来日し、平成六年には、在留期限を平成九年五月三〇日までとする在留期間の更新を受けた。初来日後、静岡県内の伊豆ゴルフ倶楽部でゴルフキャディの仕事を始めたが、平成五年四月頃からは、同県内のイースタン・リゾート滋賀倶楽部で同じくゴルフキャディの仕事を始め、本件事故前三か月間には月額平均三〇万二一三八円の収入を得ていた。

リリアは、原告原田とともに、日本へ出稼ぎの目的で訪日したものであり、夫婦で共稼ぎして資金を集め、自分らの住む家の購入と商業を開始するつもりであった。リリアの母である原告江良、リリアの兄弟は、皆ブラジルで暮らしている。リリアの遺骨はブラジル内で埋葬された。

以上のとおり認められる。

右認定事実によれば、リリアは、本件事故に遭わなければ、本件事故時以降も一〇年間は在留期間の更新を受けながら、日本で就労を続けた蓋然性が高いといえるが、それ以降も日本で就労したであろうと認めるには十分とはいえない。

この点、原告江良は、リリアは、就労可能年齢まで日本において就労できたとし、これを前提とする損害を主張する。確かに、リリアの在留資格は、「日本人の配偶者等」(在留期間三年)であり、その夫である原告原田の在留資格は「定住者」(在留期間一年)であるから(甲六7、乙二九)、在留可能な期間という面からみると、リリアが希望する限りは日本に滞在して就労することのできる可能性が高かったということができる。しかしながら、右の在留資格からいえることは、在留したければ長期在留が可能であったということにすぎない。原告江良は、リリアの来日目的につき、原告原田とともに、日本へ出稼ぎの目的で訪日したものであり、夫婦で共稼ぎして資金を集め、自分らの住む家の購入と商業を開始することであったと陳述しているが(乙二八)、「出稼ぎ」とは帰国することを前提とする表現であると理解せざるを得ないし、日本で住居を購入し、商売を開業するとなると、多額の資金が必要と想定されるが、資金調達の現実的な可能性を裏付ける資料ないしこれを検討したことを裏付ける資料は本件全証拠を見渡しても存せず、これとリリアらが「出稼ぎ」目的で訪日したこととを併せて考えると、リリアらが住居を購入し、商売を始める土地として念頭に置いていたのは日本ではなくブラジルであったと推認される。また、原告原田は、平成七年一〇月二六日付員面調書において「リリアのお骨は現在お寺で預ってもらっていますが、今後私が帰国する際一緒にブラジルへ連れて帰って母国で安らかに眠ってもらいます。」と供述していることからすると(乙二二)、原告原田もしばらく日本で就労した後、ブラジルに帰国し、そこでリリアの霊を弔うことを意図しているものと推認される。これらの点に照らすと、リリアが就労可能年齢まで日本において就労したであろうということを前提とする原告江良の主張を採用することはできない。

以上からすると、リリアの逸失利益は、本件事故後、一〇年間については、日本における本件事故前三か月間の平均収入(月額三〇万二一三八円)を基礎収入とするが、その後の二八年間は、右収入の三分の一程度である月額一〇万円を基礎収入として算定するのが相当である(リリアがブラジルにおいて得ていた収入を示す証拠はないし、ブラジルにおける平均賃金、賃金格差の実態等も不明であるが、リリアが出稼ぎ目的で日本に来た以上、ブラジルでは日本における右収入よりもかなり少ない収入しか得られない前提であったと認められる。)。

そこで、右金額を基礎にし、リリアと原告原田が共稼ぎであったことを考慮して生活費控除率を四割とし、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右期間内の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおりとなる。

(計算式) 302,138×12×(1-0.4)×7.945+100,000×12×(1-0.4)×(20.970-7.945)=26,661,502(一円未満切捨て)

(二) 慰謝料 一三〇〇万円

本件事故の態様、リリアの稼動状況、年齢、家族構成その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、リリアの死亡慰謝料としては、一三〇〇万円を認めるのが相当である。

2  原告江良請求に係る損害額(過失相殺後) 三五六九万五三五一円

以上掲げた損害額の合計は、三九六六万一五〇二円であるところ、前記の次第でその一割を控除すると、三五六九万五三五一円(一円未満切捨て)となる。

3  原告江良請求に係る弁護士費用 二六九万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告江良の弁護士費用は二六九万円をもって相当と認める。なお、原告江良は弁護士費用については、遅延損害金を求めていない。

4  まとめ(原告江良請求分)

原告江良の被告に対する請求は、三八三八万五三五一円及び内金三五六九万五三五一円に対する平成七年八月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

5  原告原田請求に係る損害額(過失相殺前)

(一) 慰謝料 一〇〇〇万円

本件事故の態様、リリアの年齢、リリアと原告原田との関係その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、リリアの死亡による原告原田固有の慰謝料としては、一〇〇〇万円を認めるのが相当である。

(二) 葬儀費用 一二〇万円

本件事故と相当因果関係にある葬儀費用は、一二〇万円をもって相当と認める。

6  原告原田請求に係る損害額(過失相殺後) 一〇〇八万円

以上掲げたとおり、原告原田の損害額は、一一二〇万円であるところ、前記の次第でその一割を控除すると、一〇〇八万円となる。

7  原告原田請求に係る弁護士費用 六七万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、相手方に負担させるべき原告原田の弁護士費用は六七万円をもって相当と認める。なお、原告原田は弁護士費用については、遅延損害金を求めていない。

8  まとめ(原告原田請求分)

原告原田の被告に対する請求は、一〇七五万円及び内金一〇〇八万円に対する平成七年八月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

三  結論

以上の次第で、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

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